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【レポート・アート】豊田市美術館リニューアルオープン記念コレクション展を観て/石黒秀和 2019.6特集

豊田市美術館リニューアルオープン記念コレクション展を観て/石黒秀和

 2019年6月1日。約10ヶ月半の改修工事を経て豊田市美術館がリニューアルオープンした。2014年から2015年にかけても1年近く改修のための休館をしていたので、一市民としては正直、「また?」という思いもあったが、資材費の高騰など様々な理由で工事が二期に渡ったということなのだろう。

  私が訪れたのはオープンから一週間たった6月8日(土)午前11時30分頃。駐車場は7割方埋まっていた。「オ、賑わっているぞ!」と思い館内に向かうと、正直、そこまでの混雑ぶりではない。ただ、韓国からと思しき団体客でエントランスは賑わっていた。

 

 リニューアルオープンを飾る展覧会は「世界を開くのは誰だ?」。豊田市美術館が所蔵する約150のコレクション作品を、「世界を開く」をキーワードに4つの章に分けて展示し、新たな美術の可能性を探る試みらしい。当日配布のプログラム(都筑正敏学芸員)から一部引用しながら各章をざっとご紹介すると、第一章は「身体を開く」。19世紀末から現代までの人の体=「身体」をテーマにした作品群である。大きく変化したこのおおよそ100年を、アーティストたちが生み出してきた身体の表現で辿る章でもある。ここで印象的だった作品は、入り口入るといきなり目に飛び込んでくる塩田千春のインスタレーション作品「不在との対話」。女性の身体から鮮血が溢れ出したようなこの作品は、実はそこに女性の身体は描かれていなく、身体の外にある白いドレスと内にある血管(と思しき赤い線)が逆に強烈に女性の身体とそこに内含する生と死を想起させ、怖れとともにある種の厳かさを感じさせてくれる。入り口だというのにいきなり暫し立ち止まらざるを得ない気持ちになった。

 

 第二章は「日常を開く」。私たちを取り巻く世界、つまり、私たちの周りに広がる自然や日常を構成しているモノをテーマにした作品群で、まさに「身体」から開き、その身体の周りにある「自然」の姿や「モノ」のあり方をアーティストの視点で見つめ直すという章であった。ここで印象的だった作品は、丸山直文の絵画「appear」。カヌーに乗った二人の人物が見つめる世界は、なんともファンタジックで雄大、美しく、それは異世界とも精神世界とも捉えることができるが、いずれにせよ、大自然であることは確信をもって言える気がした。「見える」とはどういうことなのかと考えてしまう作品でもあった。

 

 第三章は「歴史・記憶・社会を開く」。美術の主題は、私たちの目に見えるもの、心地よいものだけではなく、特に20世紀以降の美術ではしばしば、日常において打ち捨てられたものや目を向けてこなかった出来事、時代が抱える問題などにも光を当ててきた。この章では、そんな「社会」や「歴史」に向き合い、影響を与えてきた新しい作品の数々に出会うことができた。私は、この章の会場となっている展示室1の天井の高い大空間がなんとも好きなのだが、そこで先ず目を引くのはマリオ・メルツの「廃棄される新聞、自然、蝸牛の体のうちに、空間の力として継起する螺旋がある」。なんとも長い名の現代アート作品だが、意外とその名のまんま、分かりやすい作品である。大量の古新聞。そもそもこれは普段どういう風に収蔵しているのかと余計なことも気になってしまった。また、ミケランジェロ・ピストレットの「ぼろぎれのヴィーナス」はユーモアと含蓄に富んだ作品で、広い展示室1の隅で、裸のヴィーナスがぼろぎれの山から隠れるように着るものをあさっているその姿は、なんとも色んな意味を考えさせてくれた。このぼろぎれの山も積み方など決まっているのか? などとやはり余計なことを考えてしまった。こういう作品の収蔵は大変だろうなと、裏方考えるのもまた、観方の一つか?

 

 第四章は「まだ見ぬ世界を開く」。この章の作品群には、どれも人物や風景、静物といった、具体的なものが何も描き出されていない。戦争と革命、解放の20世紀にあって、美術もまた大きな変革、覚醒を起こし、説明的な表現からより観る者の知覚、精神へと直接作用する制作のあり方に変化していき、様々な方法でいまだ「まだ見ぬ何か」を求め新たな世界の扉を開こうとしている。この章は、まさに、この展示会の「結」を表していた。

 

 先月、豊田市美術館館長との対談で、美術館の役割とはもともとは「収集」「保存」「展示」にあると教えてもらった。それが現代、美術は「外」へと開く傾向にあり、美術館の役割もおのずと変わらざるを得ない時代になったと。
しかし今回、このリニューアルオープンの展示会を観て、私は、「世界を開く」というキーワードに反し、むしろ豊田市美術館の「内」の「収集」「保存」「展示」へのこだわりというか、気概のようなものを感じた。

 

 「世界を開くのは誰だ?」。その問いに答えるように、プログラムにはこんな文章も書かれている。「忘れてはいけないのは、美術が世界を開くには、アーティストの力のみでは困難であるということです。世界を開く糸口は、アーティストがつくりだす作品と鑑賞者である皆さんが積極的に交流するなかで、生じるものなのです」。

  とかく分かりづらいと時に敬遠され批判もされる現代美術。しかし、その分かりづらさこそを分かろうとする姿勢、それこそが、これからの私たちの世界を開いていくものなのだろう。それは美術に限らず。だからこそ、ここに来てほしい。世界をともに開くために。リニューアルオープンした豊田市美術館から私たちへの、熱いメッセージだと感じた。

Toyota Municipal Museum of Art 豊田市美術館

 

執筆者プロフィール:

石黒秀和(いしぐろひでかず)

脚本家・演出家。豊田市出身。高校卒業後、富良野塾にて倉本聰氏に師事。豊田に帰郷後、豊田市民創作劇場、豊田市民野外劇等の作・演出、とよた演劇アカデミー発起人(現アドバイザー)ほか、多数の事業・演劇作演出を手掛ける。TOCToyota Original Company)代表、とよた演劇協会会長、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長。 

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